とまり木

時には枝のように、時には鳥のように

savamiso

ネパールで考えていたこと① 〜インドラジャトラの夜に


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大学5年生のときの文章。ドライブを整理していたら発見しました。実は大学5年間で、ネパールには7回ほど行ってまして、毎年ボランティアをしていました。なので、どの国もよりも私にとっては馴染みのある国です。

表題のインドラジャトラというのは、ネパールの女神「クマリ」を神輿に載っけて街に繰り出すお祭りで、ネパールでは最も重要な祭りのひとつ。

5年行って、最後の年に見ることができた時の話です。就職も決まっていて、もうネパールには気軽に行けなくなるなぁ、というときに書いたもの。あれからもう行ってないな。行きたいな、ネパール。

そして、あの時、インドラジャトラをみんなで見たダルバール広場の寺院群はもう存在しません。地震で壊滅的な被害を受けました。

 

〈インドラジャトラの夜に〉
今年はインドラジャトラを目にする僥倖に恵まれた。小雨の中をクマリの台車が若い男たちに引っ張られていく。台車はものすごい時々スピードで駆け抜け、危なっかしく揺れながら進んでは止まり、止まっては進む。沿道の人たちもきれいな服を着て、落ち着かない顔をしている。僕もまたそんな落ち着かない顔だっただろう。その一方で、ワークが終わった。つまりそれは、もう今年もネパールで過ごす時間が終わろうとしていたということだ。そして、クマリを載せた台車もまた、到着地点に近づきつつあった。

すべてがクライマックスに向かい、男たちは終わることを恐れずに台車を引っ張り続けていた。終わりに待ち構えているのは歓声であり、興奮であり、それから少しの寂しさがあって、また平穏な日常に戻っていく。何食わぬ顔で過ごしながら、あの日の興奮を忘れられずに。

僕にとって5度のネパールでのワークキャンプは、インドラジャトラのようなものだった。毎年その日が近づくと、ちらちら横目で見ながら前期を過ごした。それは僕にとっては毎年訪れるはずの日常の一部であり、一年に一回のハレの日だった。2週間は、最後に訪れる歓声と興奮に向けてガンガン疾走していく。

Future is uncertain. そんな言葉ぴったりに、ワークの日々は、危なっかしく揺れながら、時々止まりながら、それでも例外なく終わりに向かって進んでいった。今年もそうだった。

そして必ず訪れるちょっとの寂しさを、「また来年もあるさ」でごまかし続けてきたけど、もうどうしようもない「終わり」を僕は迎えてしまった。もう祭りはやってこない。別に重大なことじゃないのかもしれない。実際のところ、僕には終わってしまったということがよくわからない。祭りのない夏を実感できない。僕はさっき自宅に着いたばかりなのだ。身体は日本国東京都町田市にありながら、バックパックの底にはどうしようもない埃が積もっている。自宅の熱いシャワーを浴びた後でも、履いたビルケンシュトックは壊れたままだ。帰国して、何も変わらないようでいながら、やっぱりいろんなところにあの日々は残っている。

祭りの本質は、日常から解き放たれることにあると思う。だから、祭りの日々をいつまでも引きずるのは本末転倒なことである。しかし、もうその祭りが来ないと考えれば話は違うかもしれない。だいたいにして、また来年会う相手を前に、最高でした、なんて言いたくない僕。必ずちゃかしたい僕。ああ、最後ぐらい真面目になるか。

当たり前のことだが、いま自分がそこに存在していることを客観的に表してくれるのは時間と空間の2つしかない。いつ、どこにいました。それだけだ。海外に行くということは、否応なしににそれを強く意識させられる。国境のない国はない。国境を越えるとき、僕らはどうしてもパスポートを提示し、ヴィザを見せ、日付と入境場所の入ったスタンプを押してもらう。その国を出るときもまた然り。まったく同じことをする。何十年経とうが、あるいは死んでしまおうが、パスポートさえ失わない限り、何年何月何日に、どこそこの国にいました、ということが証明できる。国境や空港で入国審査館にパスポートを覗かれるときは、いつも少し緊張する。その少しの間、過去の自分を確認し、これから見るものに落ち着かない気持ちになる。

そんなことを学生の間に幾度も経験した。そのおかげで、普段でも空間と時間を意識する時間が増えたような気がする。でも、僕らに与えられた時間は死ぬまでで、与えられた空間は地球を越えることはないだろう。それでも、地球一つを隅々まで訪れるためには人生は短すぎるし、不死を手にしたとしても、変化していく地球を同時に眺められるわけじゃない。僕は決して全部を見たいわけじゃない。

ネパールで何をして、何を思っていたのかということは、そんなに重要ではないのかもしれない。重要なのは、僕があのときあの場所にいたということ。それから、いま、ここにいるということ。ネパールの友人が、あのときあの場所にいて、いまもネパールにいるということだと思う。僕はそれだけで、今日1日を頑張れそうな気がする。

ネパールの友人たちへ。僕はいま、ここにいます。あなたもいま、そこにいるでしょう。また、目の前を、クマリが通ることがあれば、僕に勇気と意欲とお金があれば飛び乗るでしょう。フェリ・ベトゥンラは、次のナマステを言うためのチャンスです。だから、その時が来るまで、フェリベトゥンラ!

-savamiso