とまり木

時には枝のように、時には鳥のように

savamiso

お金について考えたこと。


年末はご多分に漏れず「来年は○○円貯めよう」というように、「貯金しなきゃいけないね」みたいな話をする。貯金も大切なのだが来年は「日々の生活の中でお金に意味を持たせる」ことにした。

そう思うようになったのは、お金をどう運用するかを考える過程で、妻が教えてくれた『投資家が「お金よりも大切にしていること(海星社新書)』を読み返したからだ。この本は第1章でまず頭をガツンと殴られたような衝撃を受ける。僕は慎ましい暮らしを望んでいるようで、その実ものすごく強欲で自分のことしか考えてないのではないかと思わせる。というか、そうなのである。

お金は大切だ。貯金も大切だ。消費も大切だ。どれも僕たちが生きていくために必要なことだ。だけど、何となくでお金と付き合い、ただただお金を懐に貯め続けることは、自分以外、誰のためにもならないし、そんな自分は嫌だなぁと思う。それどころか誰かを傷つけることになっているかもしれないとすら思う。僕が貯め続けているお金(全然ないけど)は、僕のためにしかならない。増えるわけでもない、減るわけでもない。それに何の意味があるだろう。

ただただ消費し続けることも同じ。『投資家が〜』で、忘れられない一節がある。「ブラック企業を作っているのは、消費者に他ならない」という言葉である。24時間営業の飲食店やコンビニ、無茶な配達を強いる宅配便、長時間残業が常態化した会社、賃金が安すぎるサービス業……。それらは、元はと言えば僕たち消費者が望んだ結果だということを反省する。

最初に戻ると、来年は「お金に意味を持たせることにする」のである。お金は貯めない、人や会社を応援したり、投資したりするために使うことにする。何となくで買わない、使わない。それを買ったり、使ったりすることで、この代金の先に何があるかを意識するようにする。とはいえ、徹底すると計画倒れに鳴りかねないので、できる範囲で。それでも、だいぶお金との向き合い方が変わるような気がするのだけれど。

そんな感じで。

 

-savamiso
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