とまり木

時には枝のように、時には鳥のように

megum

<とまり木前夜>久恵編④


またしてもお久しぶりのとまり木前夜です。
過去分はこちらからどうぞ。

前回、手帳には白紙のページが続いていたと書いたけれど、それでも所々に書き留めてある言葉は今の私にとても響く。
自分の言葉なのに、変なの。

 

例えば2014年1月1日。

主導権は自分にあるんだ。
思い通りにいかないことが増えて、本音で話せる場が減った。
毎日悶々としていた。
そうやって毎日を過ごすのは私らしくなくて、とても窮屈だ。
置かれている状況はすぐには変えられないけれど、自分は変わることができる。
どう変わろうか。

 

これは2月11日。

「みんな前向きに頑張ろうというけれど、どっちが前か分からねぇんだ」(新聞かテレビで見た震災で被害を受けたおじいちゃんの言葉だったと思う)
今日は11日だ。
私にとってはありがとうの声が聞こえてくる方、次第に笑顔が増えてくる方が前だ。
それは光の射してくる方向。

 

3月3日は

人と地域とアート。この3つで何かしたい。
やっぱり福島に関わりたい。

 

これらの文章のことは読み返すまで忘れていたのに、今に確実につながっていて不思議だ。
2014年は思い出すのがしんどい時期だけれどなかったことにするのは違うのかもしれないな。
この年は私にとって大きな一年だった。
心にモヤモヤを溜めながらも冬の間に少しづつ準備体操をして、4月になって自分なりに動き始めた。
その内容はまた次回以降で。

 

最後にもう一言だけ。4月23日。

空が高くて、広いところにいきたいな。

 

今暮らしているいわき市は、まさにそんな場所だ。

 

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